モスク・イスラム教・宗教統一について

東京ジャーミイ(東京モスク)


東京ジャーミイは、東京・代々木上原駅に近い渋谷区大山町の井の頭通り沿いにある。
オスマン様式による回教寺院(モスク)。
前身である東京回教学院以来、東京モスク、代々木モスクなどとも呼ばれている。
モスクとはイスラム教徒(ムスリム)が集う礼拝堂のこと。
アラビア語で「額(ぬか)ずく場所」を意味する「マスジド」が、英語でモスクと呼ばれるようになった。

「ジャーミイ」とは、トルコ語では金曜礼拝を含む1日5回の集団での礼拝が行われる大規模なモスクをあらわしている。
「人の集まる場所」を意味するアラビア語を語源としている。

東京ジャーミイはトルコ共和国在東京大使館(渋谷区神宮前)の所属であり、光熱費などはトルコ共和国宗務庁が負担している。

東京ジャーミイには現在、イスラム教(回教)やトルコ文化を紹介する「トルコ文化センター」が併設されている。
東アジアで最も美しいモスクとも言われている。

東京ジャーミィは毎日5回の礼拝の時間に開館されている。
モスクにはトルコ、パキスタン、インドネシア、マレーシア、バングラデシュ、日本などの礼拝者が訪れる。
毎日の礼拝への参加者は5-10人程度、金曜日の礼拝への参加者が350-400人程。
ムスリムの観光客も多く訪れる。

1階にはトルコの美術品が展示と、広間。
2階の礼拝堂は最大2,000人収容可能な礼拝堂。女性用の礼拝室もあり、
日本では大規模なモスク。

敷地面積は734平方メートル、建物床面積は1,693平方メートル。

東京ジャーミィの歴史


1917年(大正6年)ロシア革命のため、ロシアに住んでいた回教徒・トルコ民族の多くは国外に脱出
         シベリア、中国を経由し、日本にやって来た。
        特にザバイカル州及び満州在住の回教徒商人ら約600人は日本に移住してきた。

1924年(大正13年) そのうち約200人は東京周辺に居住し、タタール族は「東京回教徒団」を結成した
           はじめ、千駄ヶ谷会館を礼拝所として使用していた。

1931年(昭和6年)会堂の建設が決定された。新たに結成された日本在住教徒連盟会は10万円の寄付が集まり、
         現在地(代々木富ヶ谷)にサラセン式ドームを持つ礼拝堂が建設され、

1938年(昭和13年)5月12日には東京ジャーミイの前身である東京回教礼拝堂。(東京回教学院)落成式         当時の日本政府の国策としての対イスラム宣撫政策があり、建築資金は日本側の寄付
         によってまかなわれた。
         落成式には大日本帝国陸軍や海軍の有力者が参列した。
         この初代礼拝堂(代々木モスク)は木造建築であった。


1984年(昭和59年)代々木モスクは老朽化のために閉鎖された。

1986年(昭和61年)老朽化のため取り壊された。
         東京トルコ人協会は、モスクの再建にあたって、跡地をトルコ共和国政府に寄付し、
         再建をトルコ政府に委託した。(亡命タタール人たちがトルコ共和国の国籍を取得
         していたことから)
         トルコでは、同国の宗教行政をつかさどる宗務庁が中心となって
         「東京ジャーミイ建設基金」を設立、
         トルコ全土から多額の寄付を募ったほか、モスクの建築資材や、内装・外装の仕上げを
         手がける職人を派遣した。

1998年(平成10年)6月30日に着工

2000年(平成12年)東京ジャーミイ6月30日に開堂。
         以来、東京ジャーミイ・トルコ文化センターとして、モスクとしての活動とともに
         イスラム文化・トルコ文化を伝えている。

2003年(平成15年)宗教法人東京・トルコ・ディヤーナト・ジャーミイの設立し、
           宗教団体として法人格を取得した。